Re:noah

時中の一片


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夢見ることを夢に描いた。
小さな小さな夢だった。
永い時を生き、歩いた。
ただひたすらに、人だかりを掻き分けて。
けれどそこには何も無く、『ワタシ』は存在しなかった。
確かに自分は自分で在ることに変わりなく、それは揺るぎない事実なのに。
なのに、どうして自分は。何故。なぜ?

色の無い箱の中、今日も緩やかで残酷な波に流されて。






「僕は、リノア。」

金色の長髪を揺らしながら、美しい碧眼の少女はポツリと呟いた。
周りには一面の花々が咲き乱れ、けれどその色はあまりにも殺伐としている為、お世辞にも鮮やかで綺麗だとは呼べない。だからこそ、その中心に座り込む少女の髪が、否その存在全てがより一層美しく、輝いて見えるとも言える。
尤も、その表情はあまりにも容姿に似合わず、曇り影ってはいるが。

「どうして生まれたのかしら?」

何と無しに問いかけて、手近に咲いている花に手をかける。そのまま香りを嗅ごうとより花に顔を近付け距離を詰めるが、途中で行為を中断し花を解放。少女が触れた余韻で花は微かに揺れ、やがて何事も無かった様に変わらぬ姿で咲いていた。
少女が行為を中断したのはきっと、その結果を知っているからだろう。もう数えきれぬ程、似た行為を積み重ねているのだ。結果が見えているのは当然である。その証拠に、少女の顔に差す影が、更に増してしまった。
何度何回何年。延々と繰り返される輪廻に、少女は疑問を抱く。
それは一般的にはあり得る筈のない、膨大な量と距離に当たる。
途端、不意に少女の脳裏に映像が流れ出す。錆びれてすっかり若布状態のビデオテープを再生した様な気分を害すそれ。混沌とした映像と酷いノイズが迫り来るこの状況に、少女は頭を抱え、身体を縮こまらせるとそのまま、突然のヒステリック状態へと陥った。

「僕はリノア僕はリノア僕は、ぼくは、ぼくはぼくはぼくは」

叫ぶ様に同じ単語を繰り返す。
嫌々と頭を横に振る度に、重い鎖がぶつかり合う音が響く気がした。
そんなものには耳を貸さぬフリをして、ただただ自分の声だけを聴こうと必死になる。
一人また一人と自分の前から姿を消していく現象に、誰か助けてと願ったのはもう大分前の話。
泥の中の方がまだマシだと思える気持ち悪い空気を吸って、それでもまだ頑張ると誓ったのは、覚えてすらいない程昔の話。
〈リノア〉という名前でさえ、名の無い自分に与えた唯一のプレゼントであり、慰めでしかなかったと云うのに。
どうしてどうしてどうして。
何故記憶は残るの?何故此処にいるの?何故僕は生きてるの?そもそも僕は生きてるの?
ぐちゃぐちゃと巡る思考。何千年も成長すること無く存在し続けた少女にとって、昔の記憶がフラッシュバックするということは初めてだったらしい。
膨大な醜く惨い記憶。思い出なんて到底呼べない、捨て去りたい過去。
それらが一気に押し寄せ、終わること無く頭の中でループし続けるなんて現象、我々には到底想像もつかない惨事であるということだけは窺える。
嘲笑い楽しみ、眺めてでもいるのだろうか。少女を縛る枷は、未だ外れない。寧ろ少女が叫べば叫ぶ程、暴れ出してしまいそうになる程、増えていく様で。
ガチャガチャと鈍い音はどんどん少女を浸食していった。
それは何かを予知しているのにも思えたが、今の少女の精神状態からはそんなこと考えつく筈も無い。叫び声はもはや、聞き取れないレベルにまで達してしまいそうだった。

「応えてよ、ねえ、誰か、誰か応えてよ!!!!」

自分には理解できないから。だから必死に問いかけた。まるで首輪を着けられているかのように苦しくて仕方ないから。他人に問いかけるなんて、もう全くしていなかったのに。諦めていたのに。返ってくる言葉なんて、反響音でしかないと分かっていたのに。

「…リノア?」

返ってくるなんて…なかった筈なのに。
呼ばれた方へ、少女はゆっくりと振り返る。
信じられぬ現象に、驚愕と不安を抱きながら、それはそれはゆっくりと。

「リノア。」

少女がそれを目に捉えると、それは…紅の瞳を輝かせる金髪の少年は、ふわりと微笑み、もう一度少女の名を呼んだ。
有り得ない事態に、その存在さえ有り得ない少女は、名を呼ばれた時から洪水を止めていた。にも関わらず、それは再び溢れ出し、今度は真逆の意味で零れ落ちて、止まらなくなる。

「…あ……ぁ……っ…。」

嗚呼、やっと出逢えた。自分以外の、人に。僕の名前を、呼んでくれる人に。
嬉しくて仕方ない。きちんと言葉にしたいのに、拙い音しか出せずにいる少女の近くへ、少年の方から歩み寄り、そのまま目線を合わせる様にしゃがんだ。

「お疲れさま。」

少年がそう言うと、何処から出したのだろう、いつの間にか少年の手には少女の瞳と同じ碧い花が握られていることに気がつく。それをそのまま少女の髪に挿す様に飾り付けると、少年は満足そうに笑った。殺風景なこの景色の中でそれはとても鮮やかに反射して、何となく、少女の顔も血色が良くなったように思える。飾られた花に指先だけ触れて、少女は少年の顔を見た。
少女には、少年の顔に見覚えがあった。長い年月を経ている中で、彼に会ったことなど一度もない筈なのに。それなのに、顔どころか、声も名もその他のことも全て知っているような、もう分かりきっているようなそんな不思議な感覚に、少女は自身に戸惑いを隠せずにそっと目を伏せた。でもそれにも増して、気持ちが高揚してしまっているのもまた、明らかな事実だった。
そんな幾つかの感情を胸に抱いたまま、少女は半ば勢い、半ば無意識で、少年の方へと右手を伸ばした。興奮からか恐れからか、その手は震え怯えているようにも見える。そんな彼女を、少年は何の躊躇いも無く受け入れ、自分に向けられた小さな手を優しく、両の手の平で包み込むように握った。握られたと同時に、少女の身体が飛び上がりそうな勢いでビクッと跳ねる。誰よりこの反応に少女自身が驚いて、恐る恐る、少女は目線を上げて見る。少年は相変わらず、優しく笑っていた。
双方の碧と紅が絡み合い、互いを捉えた。

「嗚呼、嬉しい……っ。」

少女は漸く少年に対して言葉を、歓喜の声を、上げた。自分と触れ合える相手と出逢えたことに、何千年も存在し続け叶った願いに、喜びなんて言葉じゃ表せない感情を、心から溢れ出させて。
何をする訳でもない。そこに居てくれる。その事がとても嬉しい。
普通、突然現れた存在にこんなことを思うのは可笑しいのかもしれない。気違いなのかもしれない。それでも、良かった。そんな事はどうでも。だって僕も、同じようなものだから。だから、何かに縋りたくて仕方がなかったんだ。

「もう、ひとりじゃないのね…!」

少女の言葉に、少年は一つ返事で頷いた。その答えに顔を輝かせた少女は、空いている片手も少年の手に添えて、そのまま勢い良く立ち上がった。従って、手を握っている少年も釣られるように立ち上がることになる。急だった為少年は少し蹌踉ける形になってしまったが、すぐに体制を立て直し、少女と向き合うようにきちんと立ちあがることが出来た。少女は嬉しさのあまり浮かれているらしく、少年の手を取ったままその場でクルクルと回りだした。あまり早い速度ではないので、少年も簡単にそのリズムに合わせる事が出来た様で、少女と一緒に回り始める。

「楽しそうだね?」

「うん!もの凄く!」

回りながら顔を綻ばせる少女に少年が問うと、今までの生活では有り得ない程の明るい声色が返ってくる。表れてから常に笑みを浮かべている少年はその予想以上の音に一瞬驚きはしたが、やはりすぐに笑ってみせる。
こういうのを、包容力があるというのだろうか。長い間人と接する事のなかった少女は、こ何となくそう思った。やっと手に入れた、一人ではないという安心感からだろうか。特に意味や理由なんて、無いのだけれど。
ただ、彼がいればそれだけで楽しいような、これから先も頑張って歩んでいけるような、そんな希望に胸を膨らませて、少女は少年の名を呼ぶ。
そして回りながら、満面の笑みを、浮かべた。






平凡な暮らしを望んだ少女は、色とりどりの花に囲まれ、眠っている。
生きることは残酷で、辛くて、寂しい。
だからこの少女はきっと、恵まれているのだろう。
一輪の紅の花を胸に抱き、笑顔で眠っている、この少女は。
永い永い時の中、一瞬の其れは何よりも尊くて。
だから。だから。
リノアが望んだ、これこそ。

セツナの、幸せな夢。





コメント

妃菜 妃菜
皆様初めまして、妃菜と申します。
この度は素敵な企画に参加出来た事をとても光栄に思います。
今回私が書かせて頂いた『Re:Noah』という楽曲は、とても幻想的で様々な可能性を秘めている作品なので、私の中でも沢山の解釈や展開が出てきてしまい、どう纏めようか酷く悩みました。
なのでとにかく一番に、囚人P様とあもコ様の素敵な世界観を壊さないように、自分なりの『Re:Noah』を表現が出来たら。という思いで書き綴りました。
また、プロットを考えている時点でかなりの文章量になってしまいそうだったので大幅にシーンや描写をカットしたのですが、そのせいで分かりづらかったり展開が急になりがちなのが心残りではあります。
それでも、自分らしさとに今出来る精一杯の力、何より作品と鏡音への愛は込めたつもりなので、楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、このままだと長々と語ってしまいそうなのでこの辺りで締めたいと思います。
この企画に関わった全ての皆様、お疲れさまでした。そしてありがとうございます。
これからも一鏡音ファンとして、皆様と一緒に鏡音を愛でていこうと思います。
この度は、本当にありがとうございました!

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