NOVEL

私に不可能はない


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『私の辞書に不可能という文字はない』
 そんな事誰か言ってた。誰だっけ?忘れた。
 でも思う事がある。
 なんで『辞書』が付くの?この人『不可能』って言ってるじゃん。『辞書』って知らない言葉は発しなさそうじゃん。それで自分を守ってきてたのかな?
 だったら『私に不可能はない!』って堂々と言った方がいいんじゃないかと思ってしまう。その方がかっこいい。でもその人不可能な事ばかりの人生を過ごしたって言ってた。
 まあ私がそんな事を真剣に話しても友達は軽く聞くだけで、あまり真剣に聞いてくれなかった。あ、でも真剣に聞いてくれた奴は一人いた気がする。

 そんなわたくし、鏡音リンは今起こっている状況を見た。見ただけではあっと溜め息が出た。大袈裟に。
 今一体なにが起こっているのか知りたい?知りたくないなら結構。私も知りたくなかったし、どうしてこうなったとしか思えなかった。
 何故料理をした事のない私が、キッチンに立っているんだろう。
 首をゆっくり時計に向けると、もう時計の針は朝の七時を指していた。学校の為に家を出るのは七時半。本当はもっと早く起きる筈だったのに。とてもピンチなのである。
 そして、目の前には今日生まれて初めて使おうとしている先が鋭く尖った包丁。『ただいま増量中!』と書かれた沢山のウインナーが入った袋。家に余ってあった卵と野菜がまな板の上に広がっていた。
 頑張らないと……頑張らないと……あいつとの約束した事が果たせなくなってしまう。
 私はそっと包丁を見つめながら、昨日の出来事を後悔のもやもやを募らせながら思い返した。




「よう、リン!」
「あ、レン」
 午前中の授業が終わり、使った教科書類などを机の中に大雑把に入れていると、元気のある聞き慣れた声が私を呼んだ。そっちを振り向くと、にかっと笑った男子……鏡音レンがいた。
 レンは、私のクラスから二個数えた教室の生徒だ。一応レンとは、小さい頃から仲が良い、所謂幼馴染だ。
 だけど、最近その関係は崩れて、幼馴染から恋人へとひょんな事から進化したのである。告白された時は、幼馴染から恋人に変わる事なんて本当にあるんだなあと他人事のように思ってしまったけど。
 と、考えていると、いきなり頬に何かで押された感覚がした。私はそれに驚いて、状況を判断すると、レンが私の頬をつんつんと突いてきたのである。
「なーに、怖い顔してるんだよ!」
「しないでよ!」
「悪い悪い!」
 悪ふざけをしてきたレンに一発お見舞いしようと思ったけど、謝った時の顔が可愛い笑顔で、思わず口を閉じてしまった。いつもレンの笑顔には弱いのである。
 こんな感じで幼馴染の頃のノリも残っているが、私のレンへの想いは誰よりも一番だと思ってる。それだけは変に自信があった。
 するとレンは「あ、忘れてた」と何かを思い出すと、自分のスクールバックから箱の包みを取り出した。それを確認した私は一気に顔を緩め口角が意識せずに上がった。
「はい弁当」
「わあありがとう!」
「今日の卵焼きは今までより美味いぞ!」
 自画自賛しながらレンは私の前の人の机の席に座ると私にお弁当を渡し、自分のお弁当の包みを開け始めた。それを確認すると、レンと向かい合うように自分の席に座ると私も包みを同じように結び目を解いた。
 こんな感じでいつもレンにお弁当を作ってもらっている。私は最初は悪いと思って断っていたけど、レンが「いいからいいから」と言ってくるので、お言葉に甘えてしまい、今に至る訳で。ちなみにお弁当箱は自分の物をレンに渡している。
 そして包みを開き終え、お弁当を取り出して蓋を開ければ、色とりどりのおかず達で溢れかえっていて思わず「うわあ!」と声を出した。しかも今日は私の好物のハンバーグまで入っていて余計にテンションが上がった。
「美味しそう!」
「だろ?オレの料理は一流だからな!」
 そんな大袈裟な……レンの言葉を聞いてそう思ったけど、でも本当だから何も言う事が出来なかった。料理の得意な女子でさえも、口をあんぐり開けてるんだから。というか私よりもレンがお嫁にいけそうだよね。顔も可愛いし……とか言ったらまたぐちぐち言われそうだから口に出かけたのをぐっと我慢した。私って偉い偉い。何でか今度は顔がにやにやしてきた。でもそれがばれたらどっちみちレンにぐちぐち言われそうなので私はぐっとにやけを抑え込み、箸で卵焼きを掴むと口に運んだ。口の中でふんわりと卵焼きが溶けてほのかに甘いのが広がった。美味しい。本当に美味しい。にやけは止まらないけど。
 そうやっていろいろ我慢していると、レンはいきなり「リン!」と私を呼んだ。そこまで座っている距離は遠くはない筈なのに、かなりの大声で呼ばれたので少しだけ耳が痛くなった。
「で、なに。こんなに大声で私呼んで」
「だから、何度も言ってるだろ?リンの作った弁当が食べたいって」
「…………はい?」
 レンの唐突なお願いに思わず私はそう返事する事しか出来なかった。
 私の聞き間違いかな?空耳かな?もしかしたらにやけを我慢し過ぎて疲れてしまったのかな?それくらいに私の頭の中はぐるぐるとはてなマークが蠢いていた。
 突然……突然過ぎる。
 私の作ったお弁当が食べたいって言ってたよね?レンは私の事分かってる筈なのに。料理なんて、料理なんて……
「……あのさ、私不器用なの知ってるよね?」
「うん」
「私がこの前砂糖とコショウ間違えて紅茶にコショウ入れちゃったのも知ってるよね?」
「あれは笑った」
「この前の私の家庭科の成績は?」
「低過ぎて補習受けてたよなリン」
 レンの受け答えに気持ちが後ろに下がってしまいそうになったが、深呼吸をすると最終質問をレンに問いた。
「……私に料理は?」
「無理!」
 私の問いに爽やかな笑顔で否定の答えを返されて私のテンションは先程よりもぐんと下がった。次に残念な事を言われたら確実に私は倒れてしまうくらいだ。
 やっぱりさっきのは空耳だったか……安心したような、でもなんか寂しいような気持ちになりながらお弁当を食べるのを再開すると同時に、「でもさ」とレンの声が聞こえた。私はゆっくりとレンに顔を向けると、食べた卵焼きみたいに優しく微笑んだレンがいた。
「オレはリンが頑張って作った弁当が食べたいなって思ったんだ。一度くらい彼女の手作り弁当とか食べてみたいな、オレは」
「うう……」
 何も言えない。ただ聞いてるだけで何も言えなかった。
 そうだよ、彼女が彼氏にお弁当なんて世間では一般常識的並に有名で、それで世間のリア充はいちゃらぶしてるんでしょ!?
 レンは不器用な私にそんな事言ってくれた。でも私は料理なん一度もした事がなかった。
 でも私は一回深呼吸すると意を決してこう答えた。
「……ま、任せなさい!」
「おお!やったあ!楽しみだ」
 後悔するのはもう遅過ぎて、レンはぱあっと明るい笑顔を向けた。
 今更やっぱり無理!とか言えないよね。なんかもうレンは入れてほしいおかずとか考えちゃってるし。……もうあとは引けないのだ。私ならきっと出来る。
 ……そう、私に不可能はないのだ!
 こんな事を思いながらレンの嬉しそうな笑顔を見て、レンの為なら頑張れる、みたいな事を考えてやる気を出し始めた私は、レンの作った弁当に口を付けるのだった。




 そして今に至るんだけど、どうしてこんな時に限って寝過ごしてしまうんだろう。
 寝る前にお弁当って何入れればいいんだろうと、夜遅くまで考え過ぎてしまい、おまけにそれが頭にぱんぱんに入っていた為か、目覚まし時計を付け忘れるという失態をおかしてしまった。……なんて私はこんなにも残念な奴なんだろう。
 だけど約束したんだからやらなければ……!約束破ったらとか考えてしまえばやっぱり辛い事しか頭に浮かばなくし、それからレンの笑顔が見たいから、頑張らなければならないのだ。
 私は、小さくあの呪文を呟くと、恐る恐る鋭く尖った刃が輝いている包丁に手を伸ばした。包丁を今日初めて持った私は、包丁の重さに手を離しそうになってしまった。意外に重くて少しだけ……少しだけ驚いてしまった。恥ずかしい。
 少し包丁の重さを堪能していたけど、そういえば急いでいた事を思い出した私は、緩んだ頭を激しく横に振ると、包丁を握り直した。神経使わないとすぐ指を切ってしまうって誰かが言ってた気がする。
 気を引き締めると、まずはすぐ近くにあったウィンナーの袋から一本ウィンナーを取り出して、まな板の上に置いた。取り出したウィンナーは綺麗な朱色に染まっていた。そして思ったよりも小さくてどう切ればいいのか分からなかった。
 ……やっぱりタコの形が一番お弁当らしいよね。
 そう思った私は全く使った事のない包丁を自分でも分かるくらいに危なっかしく持つと、ウィンナーの先端に何箇所かに切り込みを入れた。タコウィンナーも作った事のない私はこんなのでタコの形が出来るのだろうかと思ってしまった。それで失敗したらどうしようかと思ったけど、初めはみんな初心者なんだと自分に無理矢理言い聞かせたら、何だか気が楽になった。
 一本切るとウィンナーをあと4つ取り出し、また同じ事を繰り返して、ウィンナーの下拵えを終えると、フライパンに火を付けた。そういえばフライパンで何かを炒めるのも初めてかもしれない。
 フライパンを温めると、さっき切ったウィンナーをその上に置いた。油を引いたので少しそれが跳ねてきて、勢いよく砂を投げ付けられたみたいで痛かった。
 炒めているに連れて、だんだんとさっき切った足の部分がくるくると外側に開いてきた。……よかったちゃんとタコになってる。今日初めての一安心をすると、重たいフライパンを持ち上げてフライパンの側に事前に置いといていた皿にウィンナーを移した。私的には上出来である。
 よし、とウィンナーを見て呟くと、次は卵を取り出した。やっぱり卵を割るのも初めてで、殻を潰さないようにシンクに軽く卵を叩いた。力加減を頑張って自分なりに調節するとちゃんとヒビが殻に付いた。そしてボールの中で慎重に卵を割った。思った以上にちゃんと卵は殻が入らずにボールに入ってくれたので、そっと胸を撫で下ろしたけど、これからが一番肝心な事なのである。
 私はボールを持つと、菜箸で卵をガチャガチャと溶かした。どんくらいかき混ぜればいいんだろう。そう考えながらいるといつの間にか黄身と白身が混ざり切っていた。卵焼きってどうやって作るんだっけ?昨日ちゃんと確認したり、寝る前にイメージトレーニングだってしたはずなのに!とりあえず私はあやふやな記憶の中で作り始めたのである。それでも卵を何重に重ねて、それをくるくると巻く所までは出来た。我ながら上手に出来たと思う。
 だがしかし、そうやって油断しているとだんだんと焦げ臭い匂いがしてきのだ。何事かと私はフライパンに目をやると、その状況をすぐに把握したのかすぐにコンロの火を止めて卵焼きを皿の上に乗せた。案の定卵焼きは原型を持ちこたえていたが、やはり少し、少しだけ黒く焦げていた。
 ど、どうしてこうなった……?私は失敗した卵焼きを見てだんだんと頭が混乱してきた。これじゃあきっとレンに見損なわれてしまう。作り直せばまた何かが変わるのかな?でももう時間を見ればもうすぐで家を出る時間になってしまう。
 だけど意を決するとお弁当箱を取り出して、ウィンナーや焦げた卵焼き、その他諸々を無理矢理詰め込んだ。レンになんて言われるのか分からないけど、もうこれしかないんだ。
 そして私は、頭の中でレンの住む方にごめんなさいを何度も何度も繰り返すと、お弁当箱と鞄を持って勢いよく家を飛び出した。




 全力疾走で、いつもの最寄りの駅に向かっていた。今頑張って走り切ればなんとかいつも通りの時間に駅に着く気がするけどやっぱり間に合わないかもしれないとか、そこでレンと待ち合わせをしているのだけど今日は待っていてくれているのかなとか後ろ向きな考えを思ってしまった。
 でもそんな事でへこたれる私じゃない!ここまで頑張ったんだから!
 そうだ!私に不可能はない!
 私はそう前向きな考えをすると、さっきよりも走る速度を早めた。
 あいつの喜ぶ顔を見たいから、約束を破りたくないから、私の頑張ってるのを証明したいから。そんな事を私はいろいろ思ってしまった。しかしそうやって考えているのに気がいってしまい
「わっ!」
 何も無い所で足を踏み外してしまった。なにも無い所で転けたら恥ずかしいに違いない。それ以上にお弁当が地面に思い切り落ちたら絶対に中の食べ物が崩れてしまう。奇跡的に反射神経でお弁当は腕の中に仕舞い込んだが、私は確実に転んでしまう。地上にぶつかるまでの時間がなんだかスローモーションで周りが見えた。これはやばいかもしれない。私はそう目を固く瞑って覚悟をしたその時
「うおっ!あっぶねえ!」
 聞き慣れた声が聞こえたと同時に、私の肩を誰かの手ががしっと支えてくれた。誰かが肩を掴んでくれたおかげで地上に落ちた衝撃も全くなかった。その代わりにぼすっと体が何かに埋まった。その瞬間にいつも側にいる奴の匂いがして。私はゆっくりと目を開けると、案の定レンがいた。私はレンの腕の中に埋まったらしい。そしてレンの表情はいつものにかっとした笑顔ではなくて、驚いたような、びっくりしたような、そんな顔をしていた。
「レン……?」
「そうだよ、お前のレンだよ。相変わらずそそっかしいなあリンって」
 うるさいと言いかけたが、レンの言っている事はす全て正しいから言えなくて。ああ、またまた暗い気持ちになってしまった。私はそれをレンに悟られないように側を離れたら、レンは何かを見つけてそれを指差した。
「なんか持ってるけどそれ弁当?おばさんに作ってもらったのか?」
「……あ、ああこれは、えーと……」
 その続きの言葉が出でこなくて躊躇ったけど思い切って恥ずかしさを紛らわす為に大声で叫ぶように言った。
「れ、レンの為にお弁当作ってきたの!頑張ったんだから!」
 レンはそれを聞くと、ぽかんと呆然とした顔をした。少しだけ間抜けに見えて笑ってしまいそうになってしまったが、ぐっと堪えた。
「え……まじで作ってきたのか?」
 私は無言で頷くと、そのままレンにちゃんと包んできたお弁当を渡すと、レンはお弁当箱と私を交互に見比べた。そんなに信じられないのか、と突っ込みたくなったけど、私はじっとレンを見つめた。
「まさか本当に作ってくるとは思わなかったよ……今食べてもいい?」
「い、今?」
 と聞くとレンはうん、と相槌を打ちながらもうお弁当箱を開けていた。はいって言ってもいいえって言っても食べるんじゃんって思っていると、レンは少し焦げてしまった卵焼きを摘んでいて、じっとそれを見ていた。そして数秒間見て口に運んだ。
 口を動かしているレンを見て、私はどきどきが止まらなかった。初めて自分で作ったお弁当をレンが食べているのだ。どきどきするに決まっている。でもやっぱり卵焼きは作り直した方が良かったかもしれない。と思っているとレンは既に卵焼きを食べ終えていてじっと私を見ていた。私がその目を合わすと、レンはにっこりと笑いながらこう言った。
「お主修行が足りん!」
「うっ……分かってるもん」
 予想していた言葉を聞いて、私は顔を俯いた。でも同時にぽんと頭に優しく温かい何かが乗っかった。
「でも不味くはなかった、ありがとうな」
 それがレンの手だと把握したのは、手と同じくらいの優しさと温かさのあるレンの言葉だった。顔をあげるとレンは微笑んでいたのであった。

「また作ってくれよ?」
「……気が起きたらね」

 次こそはちゃんと美味しいお弁当作るから、ずっと一緒にいてね。ずっと愛していてね。
 その為には私はあの呪文を言う度に成長してやるんだから!

 私に不可能はない!




 おわり



コメント

Greas Greas
はじめましてこんにちはGreasと申します。
素敵ウェブ企画kagaminationLOVERに参加させていただきました。ありがとうございます。
初めてのウェブ企画にgkbr状態でしたが、新鮮でとても楽しかったです!
主催の橙さんのkagaminationの企画の呟きを見かけた時からwktkしていたので企画が実現した時は叫んだ奴ですすいません。

そんなわけで可愛いぶりるさんのリンちゃん曲『私に不可能はない』を書かせていただきました。
ずっと書きたかった曲だったので書けてうれしいです。彼氏の為に頑張る女の子が大好きです……

本当に参加させていただきありがとうございました!
楽しかったです!

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