最後のワルツ

廻る世界の円舞曲


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真っ暗な部屋の中、ふと目を覚ますと私は一人ベットに横になって眠っていた。
二つ並んだ枕の一つが、空いてる事に気付いて私は瞼を上下する。同じベットに眠っていた筈の片割れの姿が見当たらない。
私は起き上がると不安気にその名を呼んだ。
「レンー?どこー?」
その問い掛けに答えは返って来ずに、代わりに窓辺から覗きこんだ月の光が部屋の中に射し込む。部屋の入り口の白い扉が、夜の空を反射して蒼く染められていく。
私はそれに導かれる様に、その扉を開いた。

――そこに広がっていた風景に、目を見開く。

紫がかったまどろみの夜の空、浮かんだように白く輝く観覧車、星座の瞬きを現す星の時計。
全てがぼんやり光輝く、幻想的な光景に私は目を疑う。

「リン!」

私の名を呼ぶ片割れの声に、反射的にそちらへと顔を向けてその姿に私はまた驚いて声を上げる。
「レン!どうしたのその格好!?」
見慣れない服装の片割れは、短めのサテンのベストに、胸元にリボンをつけた燕尾のワイシャツ。まるでお伽噺に出てくる王子様が、社交場にでる様な格好で干し草の上に立っていた。
そんな彼に駆け寄りながらそんな事を問えば、レンは眉を下げて笑う。
「何言ってるんだよ?それはリンも一緒だろ?」
「えっ?」
片割れにそう言われて、首を下げて自らの服装に目を移す。
先程まで確かに寝巻き姿だった筈なのに、いつの間にか私の服は変わっていた。
赤いスカートの下にヒラヒラのチュチュを纏った、タートルネックのシルクのドレスに、星形の装飾品。まるで妖精みたいな自分の姿に困惑して何度も見返す。
「な、なんで?どうして?」
魔法に掛かった様な不思議な感覚に慌てふためく私に、レンは落ち着けと言いたげに口を開く。
「リーン!考えるだけ時間の無駄だ。こんな姿でやる事と言えば、ひとつだけだろ?」
そこまで言うと、少し腰を落として私に左手を差し伸べる。
「踊ろう!」
まるで社交界の紳士みたいに、格好つけてそんな事を言うものだから私は力が抜けてふにゃりと笑う。まったく私の片割れは、調子を狂わせるんだから。しょうがないなー…と口の中で呟いて、ニコリと笑ってみせる。
「うん!」
私はそう返事をして、差し伸べられた左手に右手を添えた。
触れた温もりに安心すれば、疑問なんて簡単に吹き飛んだ。
そんな私達を待っていたかの様に、どこからともなく楽器の音が鳴り響く。
「アン・ドゥ・トロワ…」
「アン・ドゥ・トロワ!」
ワルツなんて小さな頃に習っただけで、最近はあまり踊った事なんて無かったからどこかぎこちない。だけど二人で声を揃えて歌うみたいにステップを踏めば、何だか段々と楽しくなって来る。
奏でられた音は、五線譜のヴェールの上に光の音符を刻んでいく。
両手を重ねて見つめあって、指を絡めて少し離れて、くるりと回ってまた寄り添って…。
アン・ドゥ・トロワのステップに合わせて、誰にも見られない二人だけのワルツを踊る。
優しい夜風は私を包む、君の鼓動の音によく似てて何だかとても心地が良い。
これは夢なのかもしれない、幸せな幸せな夢…
大事な何かを忘れている様な、だけど思い出してはいけない様な…そんな現実からは目隠してをして、ただただ軽快なステップを踏む。
次第に君以外は何も見えなくなって、自分の足の踏み場があるかも分からなくなる。ふわふわ宙に浮いている様な感覚に、それでも夢中に足を蹴った。
楽しくて楽しくて…こんな時が永遠に続けばいいのに。
そう思うのに、夜空に浮かんだ星の時計がカチッ…と歯車を廻す音を立てた。
まだ、だめ。まだこうしていたい!お願い止まって!
心の中の想いに答えて、歯車は動かした針をまた戻す。それを繰り返して、歪に時計は音を立てる。
それに合わせるように、奏でられた音楽もどこか音を外し始めて光輝く世界が終わりを告げようとしていた。
それが何を意味するか、目隠しが取れ掛けた私には既に分かっている。
私が目の前にいるレンを見つめると、レンもそれに答える様に優しく見つめ返す。
ぼやけて滲んでいく視界の向こうで、レンが困った様に眉を下げると人差し指でそれを拭う。
「光を反射して、リンの涙が夜露みたいだ。」
全てを分かって尚もそんな風に笑う君に、私は問う。
「これは…最後のワルツなんだね?」
どこか震える声で問い掛ける私に、レンはゆっくりと頭を振った。
「違うよ、リン。今は…最後のワルツなんだ。」
片割れの言うことが理解出来なくて、私は首を捻る。するとレンは五線譜のヴェールのその先を見つめた。
「いつか巡り廻って、きっとまた踊れるよ。この先で…新しいステップを踏みながら。」
君がそう言って笑うから、私はもう泣いてはいけないと思った。
だから私は精一杯の笑顔を、君に向けたんだ。
「レンきっと…必ずまた私と踊ってね?」
最後の問い掛けに、レンは今まで以上に優しい笑みを溢して大きく頷いた。
まるでそれを合図に、星の時計は歯車を動かした――



私は月明かりの射し込む、薄暗い部屋の中で目を覚ます。
横には眠る前と変わらずに、片割れの姿があった。
生まれた時から、今日この日が来るまで二人で一緒に寝てきたベッド。天井を見上げたまま微かに口の端を上げて、そこに君は目を閉じたまま静かに眠っていた。
そんなレンを見て、私はさっきまでの出来事がやっぱり夢だったんだと確信したんだ。

――だって、握り締める君の手はこんなにも冷たいから。

今日は君と眠る最後の夜。
君との別れを惜しんだ私の、悪あがきだ。
聞こえる筈のない君の鼓動を求めて、離れないように寄り添って、それはまるでワルツみたいだから。
それであんな夢を見たのかな…?

ううん…違うよねレン。
きっとあれは君が見ている夢なんだ。君が伝える為に、私を連れていってくれたんだね。
またいつか二人で踊ろうって、約束をする為に。
「楽しかったね…レン。」
話し掛けてみても、部屋にはただ静寂しか流れない。
いつかこんな夜を想って、一人で寂しくなるけれど…
巡りめぐったその場所で、ねえいつか君に出会える事を信じて。

だからあれは、そう――今は最後のワルツなの…――



~fin~



コメント

橙 橙-ORANGE-
当初、協賛の椿さんが書くはずのお話でしたが諸々の理由から執筆が出来ず、私が書かせて頂きました。
椿さんが考えてくれたあらすじを、私なりに綴った次第です。
最後のワルツはキャプテンミライP様のしっとりとした音楽と、ウィスパーな鏡音の声が合わさった幻想的な楽曲だと思いました!
座敷ウサギ様の可愛い鏡音の出で立ちも、どこかお伽噺みたいだったので、絵本みたいな文にしてみました。
この鏡音は人間なのか、ボカロなのか…最後にレンくんは死んでしまったのか、壊れてしまったのか…そこらへん敢えてふわっと書きました!
楽曲のイメージが伝われば幸いです!
キャプテンミライ様、座敷ウサギ様、素敵な作品をありがとうございました!

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