ボーナスステージ

ネクストステージ


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=さぁ狂ったように騒ぎましょう 揮ったように溺れましょう
今だけはボク達のextratime=

長く続く暗い、レンガの廊下を抜け、木製の古びたドアを開ければ…
光るネオンに彩られ、メリーゴーランドの栗色とクリーム色の馬があいさつ代わりにひょこひょこと陽気に踊る。
その向こうには、何色にも色を変えながら悠然と回る観覧車。
何処からともなく電子音がおどけた音楽を奏で、それに導かれるように駆ければ姿を見せるのは、電飾が余すところ無く装飾された大きなテントだ。
何百人でも入れそうなそのテントをくぐればそこには、白と黒のタイルが敷き詰められた床が何色ものスポットライトに照らされめまぐるしく色を変え、その『ステージ』で踊る沢山のぬいぐるみ達。
うさぎが、くまが、ひよこが、ねこが、何かを取り囲むように輪になって踊るその光景は滑稽で、楽しげで、異様で、狂気じみていて。
窮屈なほど無数のぬいぐるみが踊りながら何重もの輪になって囲むテントの中央だけは何もなく、まるで誰かの出番を待っている舞台のように見えた。

『リンちゃん』
不意にくまが名前を呼んだ。
『リンちゃん、おいでよリンちゃん』
『踊ってよリンちゃん』
ねこもうさぎも、口々に私を呼びながら綿の詰まった腕で手を引いてくる。
『ねぇ、一緒に遊ぼうよリンちゃん』
『リンちゃん、ねぇ…』
『リンちゃんってば』
何百ものぬいぐるみ達が集まってきて、私の背を押し、腕を引き、テントの中央へ向け導いて行ってくれる。
『リンちゃん』
『早く、リンちゃん』
『リン…』
『リン、ねぇ聞いてるの?』




「…ン…リン…さっさと起きろ!リン!」
「ふぇ……?」
 自分の口から漏れた、間抜けな声が聞こえる。
ネオンに彩られた楽しげな景色は一瞬白紙になって溶け消え、代わりにぼんやりと見えるのは見慣れた天井。
段々ハッキリとしてくる視界の中で、自分とそっくりな顔がむすっと眉を寄せているのがようやく認知できた。
鏡に映した自分を、少し利口で落ち着いたクールな優等生にして、ついでに性別を反転させたらこうなるんだろうなぁ、と言うのが率直な感想。
 いや、だろうなぁ…なんて想像ではなく、本当にリアルにマジで自分に……《鏡音リン》に利口さと落ち着きとクールさを足してついでに性別が反転した優等生。
それが双子の弟にして兄のような存在、《鏡音レン》だ。
 レンはリンがようやく目を開けて現実を認識し始めたのを見て取ると、Yシャツの襟に学校指定のネクタイを通して手慣れた手付きで結ぶ。
ネクタイをしめたレンはすごくすごくかっこ良くて、学生生活3年目に突入した今になってもつい見惚れてしまう。
「……………おい」
ブレザーをハンガーから取ろうとしたレンが、不意に横目でこっちを見た。
「ん?」
にこにこと首を傾げたリンだったが、呆れ果てたレンの言葉に真っ青になった。
「着替えて顔洗って来い」
「…………………………………………ぅわきゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ようやくリンの寝惚け頭はハッキリ覚醒し、気付きたくなかった現実が見えてくる。
リンは布団をかなぐり捨てて立ち上がりながら、ボタンを外す時間さえ惜しいとばかりにパジャマを脱ぎ捨てる。
レンが無言で差し出したYシャツに腕を通しながら鏡に向かい、今まで爆睡してましたぁと主張する頭にもう一度悲鳴をあげる。
「もっと早く起こしなさいよレンのばかぁ!!!!!」
慌てふためくリンにスカートを渡し、カーディガンを着るのを手伝ってやりながらレンはため息を漏らす。
「何度起こしたと思ってんだ…」
「ああもう!!」
学校の始業時間まであと30分ちょい。
学校までは急げば10分で行けるが、女の子の身支度は10分では終わらない。
いや、終わらせないわけにはいかない!
キャーキャー喚きながら倍速で身支度を済ませるリンに時折手を貸しながら、レンはボソッと呟いた。
「バカ…」
「バカとは何よ!?」
反射的にリンは手を止め、目くじらを立てる。そして、両手を組んでうっとりと目を閉じる。
「もっと優しく『寝坊なんて可愛いじゃん』とか『大丈夫だよ』って言ってくれたって…」
乙女の妄想モードに入りかけたリンに、レンの冷ややかな視線が突き刺さる。
「寝惚けてるなら先に行くぞ」
スタスタ、パタン。
とっくに身支度を整えたレンは、一人で部屋から出て行ってしまう。
一人残されたリンはしばし動きを止め…………
「ちょぉぉぉっと待ちなさいよぉぉぉ!!!!!」
半分涙声で慌てて後を追った。
 走りながら前髪をピンで止め、ローファーの踵を踏んづけたまま玄関を飛び出しドアから勢いよく飛び出したら、目の前にレンが立っていた。
「わっとととと………」
勢い余って体当たりしそうになったが、レンはそんなリンの行動などお見通しと言わんばかりにひょいと避けてくれる。
「わ、ちょっと避けるなぁぁぁ!!!」
衝突する先を失ったリンの体は数歩たたらを踏み、足がもつれて転びそうになる。
その腕を掴んでレンが支えてくれていなかったら、朝から玄関のタイルにスライディングして泥だらけになっていただろう。
「………バカやってないで行くぞ?」
くすっとレンが笑った。
気恥ずかしいし情けないし、余裕な態度に少しカチンときたけど、でもレンの笑みには勝てなくて、リンは赤くなった頬を膨らませて拗ねた声を出す。
「またバカって言ったぁ」
どんなに憎まれ口を叩いても、結局は自分も遅刻を承知で待っていてくれる、レンのそう言う優しさが大好きだ。
「走るぞ」
差し出されたレンの手を握り締め、リンの顔は自然ににこりと笑みを浮かべていた。
「りょ~かい!」
正に息ぴったり、と言うべき揃ったリズムで二人は学校へ向けて駆けていった。




~。~。~




「あ―つっかれた」
学校から帰るなり、制服がシワになるのも気にせずソファにスライディングする。
リンが投げ捨てた鞄を自分の鞄と一緒にきちんと部屋の隅に置きながら、レンは今日だけで何度目か分からない呆れた顔をする。
「毎朝ちゃんと起きてれば走るハメにもならないし、そんなに疲れることもだな…」
「あーあー!レンくんのお小言なんてきっこえますぇ~ん!!」
レンはジトッとリンを睨んだが、すぐに諦めた溜め息に変える。
「もういい。言うだけ無駄なのはよく分かってるから」
14年の付き合いなのだ。
リンの事は、リン自身よりもよく知っている。
 そうだよぉ、とニマニマするリンに、レンは自分の鞄からプリントを出してリンの鼻先に突き付けた。
「それより、お前の担任に頼まれたんだけど。書かせて来いって。まだ出して無いんだって?」
リンはポカンとし、それが何かを理解すると途端に心底嫌そうに顔を歪めた。
「げ―、何でレンが持ってるし……」
「中一の時も中二の時も、今回もまともに出さないからだ」
「だぁって、将来の事なんてわからないよぉ」
リンは口を尖らせながら渋々受け取り、面白味もないレイアウトを見やる。
『進路希望調査』
中学三年生になった今となっては、流石に適当に流すわけには行かないことくらいリンにだって分かっている。
分かってはいるけれど、だからって提出日が来れば決まるものでは無いじゃん?
いや、決めなきゃいけないのは分かってるんだけどさぁ…
ブツブツと毎回している言い訳を唱えながら、リンはテーブルに転がっていたボールペンを握る。
「まぁ、これで高校決まっちゃうわけじゃないけどさぁ…」
言いながら、とりあえず家から近い高校の名前を書こうとしてふとリンはレンを見上げた。
「そう言えば…レンはなんて書いたの?」
軽い気持ちで聞いてみれば、レンは本気でギクッとした顔をした。
「え…?」
「?もう書いたんでしょ?レンの事だから」
予想外のぎこちない反応に、リンは眉をひそめる。
レンは曖昧に「うん、まぁ…」とだけ言う。
「………」
なんだか知らないがあやしい。自分のプリントはテーブルに放り、リンは一目散にレンのスクールバックに飛び付こうとする。
「ちょっと見せなさいよ!」
「もう出したよ‼リンじゃあるまいし」
「なんて書いたの?」
「それは…」
「言えないわけ?どういう事?」
どうにもおかしい。腰に手を当て、詰問モードになるリンに、レンは少し口ごもり…告げた。
「…B高」
「…………………………ハ?」
レンの口から出た校名にリンは目を丸くして、レンをまじまじ見つめる。
「え?それって…ここらで一番頭いいところだよね?」
「んー、まぁ…」
「『差別値』めっちゃ高い所じゃん‼!」
「『差別値』てなんだ…。『偏差値』だ『へんさち』」
受験生一歩手前まで差し掛かった学生とは思えないリンの物言いにレンは苦笑するが、リンはそれどころではない。
「無理無理‼私そんな所絶対行けない!ムリ!ダメ!」
「知ってる。何もお前の志望校ってんじゃないんだから…」
今のリンの成績を知っている片割れは苦笑して頷く。
リンの顔色が変わった。わずかに声が震える。
「え…ちょっと待ってよ………一緒の高校…行かない気?」
だから言いたくなかったのに…。レンの弱った顏がそう言っている。
「…それはリン次第だろ。俺はとにかく…行くつもりだから。B高」
「行けるわけないじゃん‼私がそんな…」

ずっと…生まれた時から離れたことはなかった。幼稚園から中学校まで、毎日毎日一緒に通ってきた。
来る日も来る日も一緒にいた。
これからもそうだと、当然思っていた。

目を見開いたまま言葉を失うリンに、レンが冷静に告げた。
「リン…無理だよ…ずっと一緒にいるなんて。現実的に考えて。…分かるだろ?」
「わかってるよ…でも……」
リンにだって理解は出来る。いつかはレンと並んで歩けなくなるなんて。
一生、二人きりで生きていくわけには行かないことなんて。
仕事して、結婚して、きっと別の人生を歩き始める日が来るだろうことは。
ただ……ずっとずぅっと未来の事だと思っていた。
少なくとも…レンもそう思ってくれていると、当然のように思っていた。
今まで周りの大人たちからも散々言われてきて、その度にうるさいと突っぱねて来たけど
…レンの口から聞かされるのはひどく寂しかった。
まだ子どもだと甘えていた自分の隣で、レンは大人になろうとしていたなんて気が付きたくなかった。
「なんで…?そんな…頭いいとこ行きたいの?」
涙がこみ上げてくる。
いつか自分と違う道を歩き始める時…それがレンの夢に繋がっているなら、自分が足枷になるのだけは絶対に嫌だって思っていた。
でも…リンは急には大人になれない。
レンが将来何を思い描いて一人そんな決断をしたのかさえ、見えなかった。
泣きそうなリンの顏を見て、レンが困っているのが分かった。
きっと、私がこうして泣くから…言い出せなかったのだ。
それは痛い位に分かる。でも割り切れるわけがなかった。
急にレンの気持ちを見失った気がして…悲しかった。
「レンの……」
これは私のわがままだ。
分かってるけど、無意識に叫んでいた。
「レンのバカ‼バカバカばかぁぁぁぁ‼‼‼」
子ども丸出しで自分でも嫌になる。
レンを引っぱたきそうになるのだけはギリギリとどめ、その代わりに幼児みたいにあっかんべーをして部屋を飛び出した。
「………」
レンは黙ってリンの消えたドアを見つめ……
座卓に置き去られた白紙のままの進路希望調査のプリントを手に取った。
思わず笑いたくなるくらい、情けない顔をしているのが自覚出来る。
「…バカはどっちだよ」
一緒の高校を目指す、と言って欲しかったなんて…自分のわがままだ。
でも、リンならそう言ってくれるのではなんて、心のどこかで当然のように期待していたことに今更気が付いた。




~。~。~




『ンちゃん…』

「ん?」
ふと、呼ばれた気がしてリンは目を覚ました。いや、『目を覚ました』と言っていいモノか。
目を開いたリンは、首を傾げた。
そこは一面黒く塗りつぶされた空間で、リンは何かに寄りかかって眠っていたようだが、何に寄りかかっていたかさえ分からない。
身体を起こしたリンは黒く塗りつぶされた空間にぺたんと座っていて、周りには何もない。
たった今まで寄りかかっていた『何か』も、今はもう手探りしても何もない。
「……夢か」
たまにある、夢だと自覚できるタイプの夢。
元から順応性の高い(レンに言わせれば短絡的だからとか言うだろうけど)リンは、あっさりとそう納得する。
だって、ほら…どう考えても現実じゃあないでしょ?
夢だと分かれば何が起きても慌てる必要はない。
何も見えない空間をぼーっと見ていたら、夢の中でさえ一緒にいることの多い片割れの名が自然と漏れた。
「…レン?」
呟いた瞬間、急に心細くなってきた。
きっと、夢の世界に来る直前…あんな事があったからだろう。
でも…あんなことってどんなことだっけ…?
何かひどく寂しくなったのは憶えてる。でも、何があったのかは思い出せない。
夢だもん。曖昧で仕方がないけど、レンが隣にいないのはやっぱり寂しい。
ううん、と言うより、夢の中だからこそ一緒にいて欲しい。
そういうわがままを叶えてくれる場所が夢じゃないのか、なんて自分の夢にケチをつける。
それとも、寂しい気分で眠ったから寂しい夢を見るのだろうか。
「一緒にいるって…言ったじゃん…」
何も考えずに済んだ幼い日、無邪気に交わした約束が頭をよぎって知らず呟きが漏れる。
溜息を付きかけて、ピクッと肩が揺れた。
「…リン?」
アレだ。脊髄反射?っていうやつ?その声が耳に入った瞬間、反射的に振り返る。
声を聴かなくても、姿を見なくてもそこにいるだけで『いる』って感じる。
「レン!」
パァァァと声が明るくなったのが自分でも分かった。
振り返れば、自分とそっくりな顔が立っていた。
レンもリンの暗い雰囲気が一気に変わったことに気が付かないわけがなく、苦笑して応える。
ん、と差し出された手を握り、リンは勢いよく立ち上がる。
「レン‼本当にレンだよね?」
「はぁ?」
怪訝なレンの顔を覗き込み、リンはご機嫌に笑う。
「私の夢にはやっぱりレンがいないとね!」
「お前の夢…?俺の夢にお前がいるんじゃ…」
「え?ここは私の夢じゃ…」
「………あー、まぁどっちでもいい」
そんな事を言い合っても仕方がないと、レンが早々に折れる。
リンは繋いだ手にぎゅっと力を込めて頬を緩めた。
「でもさぁ、これが二人で一緒の夢を見てるんだったら嬉しいよね」
「……そうだな」
甘えん坊なリンの物言いに少し苦笑していたが、リンの無邪気な笑顔に、レンも優しく目を細めた。
「………あれ?」
レンを見上げて笑っていたリンが、何かに気付いて目を丸くした。
「レン……その服……」
「服?………あ」
レンも自分の服装に気付いて声をあげ、リンを見てまた少し驚きを見せる。
「……リンだって」
「へ?…………あり?」
リンも自分の体を見下ろして目を真ん丸にする。
 いつの間に変わっていたのだろう。学校の制服姿だったはずなのに、Yシャツに黒い吊りスカート姿になっていた。胸元には黒いリボン。腰には大きなピンクのリボン。
ハッと頭に手を触れると、大きなシルクハットを被っていた。帽子にもピンクの大きなリボンが結んであって、その端が腰まで伸びている。
レンもお揃いの衣装を着ている。違うのはスカートではなくズボンと言う点だけだ。
レンは胸元の黒い蝶結びを、少し不服そうに摘まんで眉を寄せている。
「何だこの格好……」
「いいじゃん!レン似合ってるよ!カッコイイ!!」
 くるりとその場で一回転しながらリンが上機嫌に笑う。
ボリュームのあるスカートがふんわりと風をとらえて広がる。
少し遅れて帽子と腰についたリボンの端が綺麗な弧を描いて舞い……
「……リンもかわい……」
「ん?何か言った?」
思わず呟きかけたレンはリンに顔を覗き込まれ、我に返って顔を赤く染めた。
「い、いや。…………なんでも無い」
「ふぅん?」
 少し不思議そうに首を傾げたが、リンはそんな事は二の次と自分のスカートを摘まんで広げてみたり、ひらひら揺れる帽子のリボンを手にとって見たりと、変化した衣装にご執心だ。
薄く桃色に染まった表情を見ていれば、この格好が気に入ったのだとレンにはよく分かる。
そうなると自分もまんざらでも無い気分になってくる。
はしゃぐリンに、レンは知らず頬を緩めて失笑していた。




《…………~♪》




「あり?」
 不意にリンが顔を上げて辺りを見回した。
「今なんか聞こえなかった?」
「ん?」
レンも暗闇に目を凝らそうとした……………瞬間

「……………!!!?」




《♪~♪♪♪♪♪~~~》
 目が眩むほどの明かりに二人の視界は白く塗り潰された。
思わず目を閉じると、ピアノの音がどこからか流れ………
そう思った瞬間、耳の奥から流れ出したような錯覚さえ覚える電子音の音楽が弾けた。
光が収まり、恐る恐る目を開けたリンの口から感嘆が漏れる。
「うわぁぁ………っ!!!」
「っっ……!!」
 連鎖的に目を開けたレンも息を呑む。
黒一色だった周囲はネオンに彩られ、緑の轡をした無機質な馬が上下に跳ねながら柱の回りを回転する。
その奥にそびえる観覧車。そしていびつなテントがその中央にそびえ立っている。
いつの間にか、リンとレンは夜の遊園地の真っ只中にいた。その非現実な光景は正に《夢の中》だ。
 気圧されたのもほんの一瞬、好奇心の強いリンはレンの手を握って無邪気に急かす。
「ね、行ってみよ?ここでジッとしててもしょーがないじゃん!!」
警戒心の強いレンはためらって異様な光景を見ていたが、リンのワクワクした目の輝きに根負けして頷いた。
どうせ夢なのだからどうとにでもなればいい、と考えることを放棄する。
こうしてリンに負けてひどい目にあった回数はいざ知らずなのに、それでもリンにはどうにも敵わない。
だけどこれだけは確信した。
「リン……」
「ん?」
「これ……絶対にお前の見てる夢だ」
「でっしょ~…………ん?」
胸を張って同意したリンの笑みが、途中で一時停止する。
「…………どういう意味かなぁ?レンくん?」
ん?と笑顔のまま、わざとらしい甘ったるい声で問い詰めると、レンは目を逸らしつつ呟いた。
「………このファンキーさは絶対リンの趣味だ」
「………せめてファンシーと言いなさい」
ムッとしつつも、一瞬これがレンの頭の中の世界だったらと考えリンはこらえきれずにニマリとする。
「でもまぁ……これがレンの趣味だったら指差して笑えるね」
「うるさい」
今度はレンがムッとした顔をしてみせるが、その目が何かをとらえて丸くなる。
「リン…それ………」
「ん?」
 レンが指したのはリンの足元で、リンも釣られて目を下に向ける。
そこにはテディベアとウサギのぬいぐるみが立っていた。

落ちてた、とか置いてあった、ではない。
立っていた。

どう見ても安定感などない、綿の詰まった丸っこい足で。プラスチックにしか見えない目が、意思を持っているように光る。
『こんにちは。リンちゃん、レンくん』
気さくに右腕をあげ、うさぎが小さな口元をもごもご動かして話す。機械音と生き物の声…どちらともつかない不思議な高い声で。
テディベアも、人工物の黄土の毛並みの左腕を振り上げて喋る。
『初めましてだね。ようこそ《ボーナスステージ》へ』




~。~。~




うさぎとテディベアに指先を引かれ、中央に位置する電飾が余すところが無い位に装飾された大きなテントに入る。そこは巨大な劇場だった。
何百ものシートが並ぶ観客席があり、中央に通った広い通路がそれを左右に分けている。
前方には広い広いステージがライトに照らされている。
ステージには何もないし、ぬいぐるみ一ついない。
白黒のタイルが敷き詰められていて、舞台照明の光だけが目まぐるしく色を変えながら出演者を捜すようにテント内を這っている。
赤、黄、白、青、紫……
「ふわぁぁぁ…すごいねぇ」
リンが大口を開けて呆ける傍らで、レンは自分の指先にまとわりつくテディベアを怪訝に見下ろす。
「…で?何だって、『ボーナスステージ』って」
テディベアは無邪気で表情の読めない表情で…プラスチックの目をキラキラさせてくすくす笑う。
『ここはリンちゃんとレンくんの為の世界。君たちが望めば何だって叶うんだ』

《さぁ…狂ったように騒ぎましょう 揮ったように溺れましょう
今だけは僕たちのextra time
 そう 誰ンだって邪魔させない 自分だって遊びたい
これはきっと 特別な……                     》

わぁっと合成音声のような声が何重にも折り重なって響く。
よく見ると観客席には、ぬいぐるみのねこが、ひよこが、いぬが、何だか判断のつかない動物まで座っていて声を揃えて歌い始める。
無数のプラスチックの目玉がライトを反射して光り、リンとレンを瞬きもせずに見つめている。
「望めば叶うって…そんなガキの夢じゃあるまいし…」
呆れかけ、そういえばコレは夢だっけと思い出す。
リンがガキかは………知らないが…
しっかりと興味を引かれた様子のリンは、身をかがめてうさぎに問いかける。
「なにそれ。どういう事?」
『んーとね、じゃあ手を前に出してごらんよ』
「はぁ…」
リンは素直に両腕を伸ばす。
『それで、そうだなぁ…花を想像してごらんよ』
「花?」
『そう。両手いっぱいの綺麗な花。いい香りがして、色んな花があるんだ。大きいのも小さいのも、赤いのも青いのも黄色いのも』
「そうぞう……っっひゃ!!」
首を傾げたリンの目の前でポンッと小さな破裂音がして、両腕に抱えきれないほどの花が現れた。
チューリップ、デイジー、スイートピー、ひまわり、マーガレットにたんぽぽまで、リンが思いつく限りの花花花花花…
抱えきれなくなって床に落ちても花の山は膨れ上がる。
足元が埋まり始め、リンは焦った声を上げる。
「わ、レンどどどうしよう!!止まらないよぉ!?」
「……」
レンは少し考え、リンが抱える花の山に触れる。
瞬間、花の山は何十羽もの真っ白な鳩になって一斉に飛び去った。
白い羽が舞い、幻想的な光景にリンが目を輝かせる。
鳩達はテントの天井にぶつかる間際に空中に溶けるように消えてしまい、同時にひらりと舞った白い羽も地に落ちる前に見えなくなる。
ふぅん、と呟き自分の手の平を見つめるレンの手を両手で掴み、リンがきゃっきゃとはしゃいだ声を上げる。
「すごい!レン頭いい‼てゆうかマジシャンみたいでカッコよかった‼」
レンは半眼でリンを見たが、苦笑に変えてくしゃりとくせっ毛なリンの頭を撫でる。

《さぁ…狂ったように騒ぎましょう 揮ったように溺れましょう
今だけは僕たちのextra time そう 誰ンだって邪魔させない 自分だって遊びたい
これはきっと 特別な いつ どこ なに きっとKagamination          》

落ち着くようで、明るくて、楽しげで、でもどことなく心の奥に波紋を生むような…
不思議な歌声が唱和して響いていた。




~。~。~




それから少し月日が流れた………ような感覚に陥る。
本当は、時間など…せいぜいレム睡眠とノンレム睡眠が切り替わった程度の時間しか経っていないのも、頭の片隅で理解している。
現実と夢の狭間に迷い込んだままのような、曖昧で少しもどかしいモノを感じながら、レンは『今』を意識する。
「レ~ン!」
ご機嫌に自分を呼ぶ声に降り返れば、リンが両手を後ろで組んで笑っていた。
「いこ?」
差し出された手を見つめて一瞬どこへ行くのか考える。
同時に、『どこ』かを自分は知っている事に思い当たる。
夢の中独特の違和感と心地よさに酔ってしまいそうだ。
手を握り返すと、待ちきれないようにリンはふわりと広がるドレスを揺らして早足でステージへ向かう。
石造りの廊下を抜けて木製の扉を開ければ、そこは夜の遊園地だ。
乗り手のいないメリーゴーランドの馬たちが、挨拶をするようにひょこひょこ上下に揺れながら規則的に回る。
その奥にはイルミネーションに形どられた観覧車がゆったりと回り、そして…
その園内の中心部に自分たちの『ステージ』がある。
ライトに照らされ何色にも色を変えるテントに入れば、大歓声と沢山の観客が迎えてくれる。
『リンちゃ~ん‼』
『レンく~ん‼』
リンが声に応えて手を振るのを視界の片隅に収め、自分もちょっと手を上げて挨拶をする。
わーーーーーと巻き上がる甲高いわざとらしいまでの歓声を素直に喜べるほど子どもにはなれないが、同時に悪くない気分も味わう。
今の自分たちは…双子のマジシャン。
この夜の遊園地で、どんな不可能も可能にする。
そう、自分たちはここでは特別で、誰にも邪魔なんかされなくて。
毎日が目新しくて、輝いていて、刺激的で、楽しくて、代わり映えがなくて。
そう、毎日 毎日 来る日も 来る日も 一緒で。

「……?」
心の奥にもやっとしたものが生まれて、すぐに目の前の歓声にかき消される。
リンと繋いだままになっている手に不意に意識が向く。
「リン…」
呟くと、リンが楽しげな笑顔のまま振りかえる。
「なぁに?レン」
「いや…」
リンに何かを言いたかったような気がするけど…言わなければいけないような気がするけど…
陽炎のように、見えたと思った瞬間に霧散してしまう。
この状況をリンのように無邪気に楽しめない自分がいて。
もう、こんな子どもじみた夢に溺れられるほど幼くはないのを知っていて、でもそれがなんだか哀しいような、悔しいような…

いつまでも黙っているレンの浮かない顔に、リンがちょっと眉を寄せて体ごと向き直る。
「レン?どうしたの?変だよ、なんか」
「あ…いや…………」
何かを言いかけたが、何を言いたいのかワカラナイ。
変だ、と思った。でも…
自分が変なんだろうか。それともリンが……?

考えようとするほど、電子音のBGMが大きく響いて、いつの間にか観客席を埋め尽くすぬいぐるみたちが甲高い声で歌う。

《あっはー☆ もっと刺激が欲しい
                        ……刺激って?
するとやっぱ! 世界は楽しい
                        ……本当に?
ずっと! 今が続けばいいね
                        ……『今』が続く?
 でも…
                        ……ウソだろ?ムリだろ?》




ぬいぐるみの歌う声と、自分の心の声が頭の中でせめぎ合って頭が割れそうだ。
難しい顔で黙り込むレンを見ていたリンの無邪気な笑みが、不意に曇った。
寂しげに笑い、ぎゅっと繋いだ指先に力がこもる。
「……知ってるよ。遊べるのは今この時だけで、いわば…大人になるまでのボーナス…みたいなものなんでしょ?……大人になっちゃったら…好きな事ばっかりじゃ生きられないもん」
ビクッとしてレンが見つめ返した時には、リンはまた無邪気な笑みを浮かべていた。
「だから今だけでも、ね?」
思い出したくない。でも思い出さなきゃいけない何かを呼び起こされそうになる。




《さぁ…狂ったように騒ぎましょう 揮ったように溺れましょう
今だけは僕たちのextra time そう 誰ンだって邪魔させない 自分だって遊びたい
これはきっと 特別な いつ どこ なに きっとKagamination           》




けど…歌声とイルミネーションの波に呑まれて、掴みかけたものはまたすぐどろどろに溶けていく。

一度も離れることの無い…繋いだ手を見ると妙に心が騒いだ。
文字通り、生まれる時から自分たちは一緒にいた。
起きていても眠っていても、こうして手を繋いで生きてきた。
だから、リンと手を繋ぐと安心する。
その安心感が……不安を呼び起こすんだ。
ずっとリンの隣にいる。
その気持ちは嘘じゃないし、そう願う。
一緒に生きていきたい。
でも……

現実はそう甘くはない。一緒にいられる日々は、ある日唐突にあっさりと終わりを迎える日が来る。

いつか…リンの隣から姿を消す日が来たら…
リンは…自分は…一人で歩いて行けるんだろうか。




~。~。~




『ステージ』が終わり、自分達の部屋に戻る。
この遊園地の中に何故か現実世界と全く同じ私とレンの私室が存在するあたり、自分は想像力に欠けるんだなぁと実感しなくても良いことを思ってしまったり。
いや、せっかくなんだからもっとゴージャスな部屋とか想像しとこうよ。
夢なら住むのはタダなんだし……
そんなどうでもいいことを考えていたリンは、ベッドに腰掛ける片割れの小難しい顔に気付いてムゥ、と口を尖らせる。
「なぁに?レンは夢の中まで難しい顔して‼ちょっとは楽しめないわけ?」
「ん~……」
レンの生返事に、リンはむっと眉を吊り上げてその隣に腰を下ろす。
「もう、そんなんじゃこっちまで楽しくなくなるじゃん」
「……リンはさ」
レンがぽつりと呟いた。
「今、楽しい?」
「へ?……うん」
リンは目をぱちくりさせ、殆ど反射的に頷く。
「楽しいよ…?何でも思い通りになって。遊んで騒いで……レンがいて……」
言いながら、ふと焦燥感に囚われる。
何でこんなに不安にあるんだろう。思わずレンの手を縋るように握る。
レンは…握り返してくれない。
こっちも向いてくれない。
正面を…空中をぼーと見つめ、何かを考えている。
昔は…こんなんじゃなかった。
悩むときは一緒に悩んでくれた。
近所でもちょっと評判な双子で、世界は二人の天下だった。
一緒に笑って、泣いて、何も知らなくて良かったし、考える必要も無かった。
ずっと、そうやって生きていくんだって。
大人になってもずっと一緒だよって。
無邪気に笑い合えたのに、いつからだろう。
レンが笑い返してくれなくなっていたのは。
「レン…?」
不安をかき消したくて、名前を呼ぶ。
レンの横顔が妙に大人に見えて…遠く感じる。
置いて行かないで、と泣いてすがればレンも立ち止まってくれるのかな?
そう思うのに、泣けない。心の奥が何でだろう、なんだか冷めていて…どうしても泣きじゃくるような感情の波となって溢れてこない。

……本当は……分かっている気がする。
それが……大人になるってことなんだ。

そう結論付いた瞬間、もっと怖くなる。
心の奥底に渦巻いていたモヤモヤの正体が急に形になって見えてしまう。
自覚してしまう。
自覚したら、もう無自覚だった数分前までの自分にすら戻れない。
レンも…そうなのかな?
だから急によそよそしくなっちゃったのかな?
でも……だったら今はまだ……何も知らない子どものままでいたい。
この夢(いま)が…ずっと続けばいいのに……

『だったらずっと夢(ここ)にいればいいじゃん』

頭の中で声がして、リンはドキッとする。
今のは………自分の声?

リンの不安に揺れる心を見透かしてか、レンが口を開いた。
「リンは……ずっとここにいたい?」
「え……」
リンはレンの横顔を凝視する。レンの目が、リンの瞳をまっすぐに覗き込む。
見透かされる感覚が怖くて、でも安心する。
そうだ。昔は何でも分かち合えた。
こうして目を目を合わせるだけで、喋らなくたって相手の事は何だって理解できたし理解してくれた。
自分は……どうしたいのだろう。
一生ここにいられたら。
これ以上大人にならなくてもいいなら…ずっとこのステージに立っていられるなら。

『それでもいいかな……』

逃げようとする自分に、もう一人の自分がどこかで忠告を叫ぶ。
でも……そんなのダメなの! ワナなの!
だって現実はそれを許してはくれない。
今すぐ夢から覚めないと……

甘い夢を見れば見るほど、きっと自分は…
大人から遠ざかってしまう。
時間だけが過ぎていき、周りに…レンに…置いて行かれてしまう。

「そんなの…嫌だよ……」
自然とそんな呟きが口から漏れた。
「嫌だ…レンと一緒に大人になれないなんて……それも嫌なの‼怖いの!不安なの‼」

一度過ぎた『ステージ』にはもう戻れない。
嫌でも前に進まないと、どこへも行けなくなってしまう。
思わず自分の肩を抱いて縮こまりそうになるその腕を、レンの手が掴んだ。
「俺もだよ」
「え…?」
リンはレンの目を思わず覗き込む。
レンの目もリンの目を真っ直ぐに見据えている。
その瞬間、分かった。
レンも不安に揺れているんだって。
だって、同じ目をしてる。
泣きたいのに泣けない、笑いたいのに笑えない、子どもでいたいのに、体はどんどん大人になって行ってしまう。

レンはちょっと困ったように目元を緩めた。
「俺も……リンと一緒にいたいよ。出来るなら……」
「じゃあ……言ってよ。『ずっと一緒にいる』って……」
縋るように甘えるけど、レンの答えは分かっていた。
ゆるく首を振るレンに、リンは泣きそうに笑う。
「しっかり者め…」
「しっかりなんか…してないよ。でも……」
「でも…?」
聞き返すと、レンはリンの髪をくしゃりと撫でて苦笑する。
「お前に負けるわけにはいかない」
「………ん?」
何度か頭の中で反芻し、リンは首を傾げる。
「え?どういう意味…」
「分からないならいい」
「え?そんな…気になるじゃん‼」
?マークを飛ばして目を白黒させるリンに、レンは猫目を細めて笑った。
「ナイショ」
「はぁ⁉言ってよ‼」
「言わない」
「言いなさい‼何?言えないようなことなの!?」
「やだ」
「言いかけて逃げるなんて男らしくない‼」
ぐいっと詰め寄り、鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけて睨む。
ぐっと言葉に詰まったレンの顔が、急に赤みを増した。目を逸らし、レンは唸る。
「……笑うなよ?」
「え?愉快な理由なの?」
ごめん、それだけでもう笑いそう。とは言わずに、リンはそっとほぞを噛みしめる用意をする。
レンは口ごもり、ポツリと白状した。
「…そんなマジな顔して聞かれても困るんだけど……その……
              …になりたいんだ……」
「え?何だって?」
肝心な所でどうにも言葉を成さないレンの声に、リンは更に距離を詰めて聞き取ろうとする。
ほとんど圧し掛かってくるようなリンの体勢に押し潰されそうになりつつも、レンは更に赤味を増していく顔で口を開いた。
「だから……せめてお前が…大人になった時…『これが私の片割れだ』って…自慢出来るように…なりたいんだよ…」
「はぁ!?え?……なんで?」
笑いたいんだか驚きたいんだか分からず、目も口も真ん丸に開いて聞き返すリンに、レンは完全に赤く染まった顔でぶっきらぼうに言う。
「だって…いつかお前にだって彼氏とか出来るじゃん?その時…そいつに…負けるわけには行かないだろうが。ましてや…お前よりフラついてたら…カッコ付かないし…」
ポカンとしていたリンの顔が徐々に桃色に染まっていく。
笑いたいんだか、嬉しいんだか、悔しいんだか、もう自分でも分からないけどとりあえず…
「バカみたい‼」
両腕を広げてレンに飛びついた。
「うわっっ」
レンはそれを支えきれず、二人は諸共にベッドにひっくり返る。
レンの首筋に抱き着きながら、リンはあははと声を立てて笑う。
「今でもちゃんと自慢できるもん。レンはいつだって…私の…一番の…自慢の…」
言いかけた言葉が不意に涙に滲む。
「……よかったぁ…レンもそういう風に思っててくれて……。レンは平気なのかと思っちゃったじゃん…私と一緒にいなくても…」
ぎゅうううと抱き着く腕に力を籠めれば、そっとレンの腕が伸びてきて…慰めるようにポンポンと肩を叩く。
「…先の事は分からないけどさ……リンの事はいつまでも特別だよ…」
「うん…」
当たり前じゃん…と呟く。
私にとっても一生……特別だよ。
それを確かめ合えただけで、次のステージへ向かう勇気に変わるのを感じる。
不思議と、さっきまでの不安は消えていた。
どこからともなく電子音が鳴り響き、『歌声』が聞こえる。

《さぁ あの日々 想いましょう 記憶に浸かりましょう
 あのころはボクらが主役だった
 そう 愛するべき人がいて 守るべき君がいて
 あれはきっと特別な 輝き 満ち 溢れた recollection   》












~。~。~




「……ん」
うっすらと目を開く。うす暗い部屋。
リンはしばらくぼんやりと部屋を見つめ、唐突に理解する。
自分の部屋だ。制服のまま、ベッドに凭れかかって眠っていたのだ。
口の中がしょっぱい。目がしょぼしょぼする。
どうして…と考え、段々記憶が戻ってくる。
学校の進路希望調査。
先のことなんてまるで考えてなかった自分に何も言わず、いつのまにか自分には手が届かないような高校に進路を固めていたレンが急に遠くに感じて…一人でどこかへ行こうとしているようで、悲しくて…
部屋に閉じこもって泣いている内に、いつの間にか眠っていたらしい。
時計を見ると、あれからまだ3時間かそこらしか経っていないようだ。もう何か月も経った様な…長い長い夢を見ていたように思える。
「……」
リンは立ち上がると、そっと部屋を抜け出しリビングへ向かう。
「レン……?」
電気はついたままだが、物音はしない。その静寂にほんの少し不安を感じてリンは落ち着かない様子で片割れの姿を捜す。
ソファに、同じく制服のままの片割れが横になっているのに気が付きリンはほっと息を吐く。
その手に掴まれているものに気付き、少し胸が痛んだ。
自分が放置した進路希望調査表をそっとレンの手から受け取る。
「…レン」
夢を…さっきまで見ていた気がする。
思い出そうとする程に曖昧になってしまうけど…
「B高……か…」
レンの志望校を思い描く。
今の自分には敷居が正直…高いけど…
レンにはぴったりの学校だと思う。
自分の為に、レベルを落としてほしくは……ない。
それでも一緒にいたいなら……あと数年だけ、一緒の『ステージ』で過ごしていたいなら……
「……よし」
呟いて一人頷くリンの表情はほんの少し…大人になっていた。

「……りん?」
リンの気配に気づいたのか、レンが薄らと目を開いた。
深く眠っていたのか、暫くぼんやりとリンを見つめていたが…寝る前のやり取りを思い出してハッと目を見開く。
「あ…リン……その……」
少し居心地が悪そうなレンを見つめ、リンはにこりと微笑んだ。
「ねぇ…レン。私も……頑張ってみようかな……」
「え…?」
リンは部屋の隅に置かれたままの鞄からボールペンを取り出し、迷いなく第一志望校に『B高』の校名を書いた。
目を見開くレンにプリントを見せ、リンは少し恥ずかしげに微笑んだ。
いつかは道を分かつのは分かっている。でも…
「私頑張るよ。頑張ってレンと一緒の高校に行く」
「……リン…お前…今から頑張るって………大丈夫かよ」
「…頑張るったら頑張るの!……レンが…将来誰かと出会っても…『これが俺の自慢の姉だ』って言えるように」
最後は少し気恥ずかしくなり、ちょっぴり茶化して見せる。
「だから…その…勉強は面倒見てよね?」
レンは驚きに見開いていた目を細めた。
「うん…当然だろ。……頑張れよ?」
「うん……」
リンも笑って頷く。その顔に、迷いはなかった。
今までのように、無条件に一緒にいられる時間はもうすぐ終わってしまう。
けど、これからは自分の力でレンの隣を選んで生きたい。
それすらも長くは続かないかもしれないけど…その時も…レンと離れていても肩を並べても恥ずかしくない自分でいたい。
先の見えない未来は相変わらず不安だけど……
リンは心が少し軽くなるのを感じていた。

どこか…耳の奥で電子音が聞こえた気がした。




《さぁ…狂ったように騒ぎましょう 揮ったように溺れましょう
今だけは僕たちのextra time そう 誰ンだって邪魔させない 自分だって遊びたい
これはきっと 特別な いつ どこ なに きっとKagamination            》






=END=



コメント

おとまろ おとまろ
改めて曲を聴きながら、イメージを膨らませて書きました。思春期双子の微妙な心理……になっているといいのですが。読みづらい点もあるかと思いますが、お付き合い頂けると嬉しいです。

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